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仙台高等裁判所 昭和46年(ネ)1号 判決 1972年6月29日

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社大東相互銀行

右代表者

黒沢忠直

右訴訟代理人

三島保

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

安田政幸

右訴訟代理人

青木正芳

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴(請求の拡張)及び請求の減縮に基づき、原判決主文第二、三項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金三九六万八、九三五円及び内金二一万九、二九〇円に対する昭和四二年一二月一日から、内金一五七万二、七三五円に対する昭和四六年一月九日から、内金一八万六、七六〇円に対する同年七月一四日から、内金一九九万〇、一五〇円に対する同年一二月一〇日からそれぞれその支払ずみに至るまで年六分の割合による金員並びに同年同月から雇傭契約終了に至るまで毎月二〇日限り毎月金六万五、三五〇円宛をそれぞれ支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人が被控訴人主張のような相互銀行業務を営む株式会社であり、被控訴人がその従業員として控訴会社二本松支店に勤務し、従組に所属していたこと、控訴人が昭和四一年八月一一日被控訴人を解雇したことはいずれも当事者間に争いがない。

二そこでまず本件一次解雇の効力について判断する。

協約五二条に、控訴人が従業員を解雇する場合は、(1)停年に達したとき(2)本人の意思によるとき(3)懲戒処分を受け従組と協議が整つたときを除き、予め従組の同意を得て行なう旨の規定が存し、また、同五六条に、控訴人が従業員を懲戒に付する場合は、控訴人、従組、同数の委員で構成された懲罰委員会の決議により行なう旨の規定が存すること、控訴人が一次解雇をなすについて従組の同意を得ておらず、また、懲罰委員会の議を経ていないことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで解雇同意約款に違反してなされた解雇処分の効力については、右約款が労働協約の規範的部分に属するかどうかの点をめぐつて従来から見解の分れるところであるが、従業員の解雇は労働関係の終了という従業員にとつては最もきびしい処遇であつて、それが使用者の独断により不適正に行なわれる場合には、当該従業員の利益が不当に侵害されるばかりでなく、その従業員の所属する労働組合の利害にも重大な影響を及ぼすことはいうまでもなく、右約款の趣旨は、労働組合が使用者の人事権の行使に介入する意味では経営参加条項たる性質を有するけれども、これら従業員及びその母体である労働組合の利益を擁護するため、労働組合が使用者の行なう解雇に関与してこれを規制することを保障したものであり、労働協約締結の主体は労働組合ではあるが、その効果を受ける権利義務の主体はあくまでも個々の組合員であつて、解雇される者は組合員であることに鑑みれば、労働組合法一六条にいわゆる「労働者の待遇に関する基準」に該当し、直接個別的に労使関係を強行的に規律したものとしていわゆる規範的効力を有し、これに違反する解雇は効力を生じないものと解するのが相当である。

したがつて従組の同意を得ることなく、懲罰委員会の議を経ることなくされた一次解雇は、他に特段の事情の認められない限り無効というべきである。

三控訴人は、この点に関し、私有財産としての企業の保有責任を所有者である使用者に帰している現行法制のもとにおいて、被控訴人に懲戒解雇に値する業務命令違反行為があることが明らかであるのに、従組が何ら首肯できる理由なく徒らに反対してきた本件一次解雇に至るまでの経緯に照らすと、従組の同意もしくは懲罰委員会の決議を得ることは到底期待できない状態であつたから、このような場合には、同意もしくは決議なくして解雇を行なつたとしても、協約違反ということはできないと主張する。

使用者の行なおうとする解雇が客観的に判断して正当であり、かつ、やむを得ない緊急の必要性があり、しかも使用者側において労働組合側に十分納得させるだけの手段、方法を講じて誠意を尽くしたにもかかわらず、労働組合側において何ら正当な理由なく拒否するような場合には、労使間の信頼、協力の趣旨に反するものといえるから、使用者が労働組合の意思を無視して一方的に解雇を行なつたとしても、これをもつて労働協約違反の責任を問われないと解すべきこと控訴人主張のとおりである。そこでこの観点に立つて本件一次解雇がなされるまでの経緯について検討する。

<証拠>を総合すると、

1  控訴会社鹿島支店は昭和四一年三月当時行員一〇名であり資金量は金三億円余(一人当り金三、〇〇〇万円余)であつたが、同月末浜名光雄が依願退職し、同年四月一日新入行員一名が配属されたものの、他の同規模の支店と比較して事務量の割合に人員不足(最も規模の小さい三春支店ですら行員一〇名であつた。)であり、そのうえ同年五月末頃原田二久子が副鼻腔炎の手術のため一か月の休暇を申出たので、鹿島支店長寺内延光はその頃控訴会社本店に行員二名の増員ないし応援者の派遣を要請した。これに加えて、かねて郵政省に申請していた同支店と鹿島郵便局との間の取引が同年六月頃認可となり、同年七月二〇日頃から開始されることとなり、事務量がさらに増大することとなつたので、控訴人は同支店に一名の増員の必要を認めた。

2  控訴人は二本松支店が同規模の須賀川、湯本の両支店と比較して集金係一人当りの担当件数も下廻り、その担当区域内の岳温泉に事務量の約三分の一が集中していた関係で割合に人員の余裕があると考え、二本松支店の行員のうちから転出者を人選し、同年七月三日頃異動について従組の同意を要する役員でなく、健康状態、家庭の状況についても問題がないと思われた被控訴人を適任者と決定した。

3  被控訴人は当時従組青婦人部書記長であり、また二本松地区労の組織部長をしており、吉川一男、佐藤忠雄、吉田一夫、渡辺武とともに従組二本松支店分会における中心的な活動家であり、同分会は従組の分会の中でも最も結束の固い中心的な分会の一つであり、このことは控訴人側では十分知つていた。

4  従組三役である水沢弘吉執行委員長、箱崎副委員長、渡辺政広書記長は昭和四一年七月四日控訴人側日下部毅総務部長、三留義夫人事課長と賃金カットの問題について団体交渉をしていたが、同日午後交渉再開の冒頭に、右日下部部長から協約四六条一項、覚書二条の規定に基づき従組に対し、被控訴人を鹿島支店に転勤させたいとして、協議の申入れがなされた。控訴人側は転勤の理由として同支店に人員が不足しており補充の必要があることのほか、被控訴人が組合活動と業務を混同しており、二本松支店長その他の役席者との間にトラブルがあり、日常の行動にも問題があるので解職することもできるが、若いから本人の反省を求める意味で転勤させたいと発言し、(1)勤務時間中にステッカーを書いていたこと、(2)控訴人が配布した資料(民青シリーズ)を思想信条の自由を侵害するものとして外勤一同で役席に突き返したこと、(3)顧客から依頼された国民金融公庫の掛金の払込みが遅れたこと、(4)定期積金の払戻しを顧客から請求されて応じなかつたこと、(5)二本松支店に応援にきていた山内幸八調査役に対する態度が反抗的であつたことを指摘したが、従組側としては一名だけの臨時の異動は異例のことであるから定期異動の際に考えてほしいこと、被控訴人が従組青婦人部の書記長であり、今異動させられては困るとして再検討を求め、控訴人指摘の被控訴人の行動については、実情調査のうえあらためて協議したい旨申入れたので、控訴人側もこれに応じ協議を続行することとした。同月八日第二回目の協議の際、従組側は実情調査の結果右(2)、(3)を除いてはすべて事実と相違しており、(5)については山内調査役の方が挑発的であつたと主張し、控訴人側の主張と食い違つたため協議が進まず、控訴人側としても後日直接被控訴人を呼んで事情を調査することとなり、異動の件については一応棚上げにすることとして協議は中断することとなつた。

5  右日下部部長は翌九日被控訴人に対し控訴会社本店に出頭するよう命じたので、これを知つた水沢委員長は電話で調査に立会わせてほしい旨申出たところ、右日下部部長はその時点ではすでに控訴会社幹部で従組との協議を打切り被控訴人の異動を発令することに決定していたため、「安田(被控訴人)はもう二本松を出ただろうか。あれは転勤して貰うことになつたからこなくてもよかつたんだ。実行するだけだ。」との返答をした。被控訴人は本店に出頭するため従組事務所に立寄つたが、話合う必要がなくなつた旨の右電話の内容を告げられたため、二本松支店に引返した。控訴人は同日従組に対し同月一八日付で被控訴人の異動を発令する旨通知するとともに、同月一一日被控訴人に対し異動の発令(赴任期限同月二一日)を内示した。そこで従組としては同月一一日第七回中央闘争委員会を開いて態度を決定し、転勤に値する理由がないこと、従組に対する弾圧であること、協議中であるにもかかわらず協約を無視し強行したと、控訴人が現在従組組織破壊攻撃を行なつている中での異例の転勤であり、また唯一人だけの異動であることを理由として、控訴人に対し被控訴人の人事異動を拒否する旨の回答をしたが、控訴人は同月一八日被控訴人の異動を正式に発令した。

6  従組としては同月一八日控訴人に対し団体交渉を申入れ、被控訴人の転勤命令の撤回を求めて交渉したが、控訴人はこれに応ぜず、話合いは平行線をたどり進展するに至らず、被控訴人は同月二一日までに赴任しなかつた。控訴人は同月二三日被控訴人に対し控訴会社本店に出頭することを命じ、労務担当の星常務取締役から赴任するよう勧告説得させたが、被控訴人としては従組に一任したことを理由としてこれに応じなかつた。また、控訴人は同月二九日被控訴人の父安田政一、身元引受人服部喜介、同服部博の協力を得て説得しようとし、同人らに来行を求めたが来行を得られなかつた。被控訴人は同月二三日福島県地方労働委員会に対し右異動が不当労働行為であるとして救済命令の申立をした。そこで控訴人は同月三〇日赴任命令と題する書面をもつて被控訴人に対しあらためて同年八月三日までに赴任することを命ずるとともに期限までに命令を履行しない場合は、解雇することを申添える旨通告した。従組は控訴人に対し同月一日午前八時五〇分から指名ストに入つたことを通告してこれに対処し(同月三日午前〇時をもつて解除)、転勤撤回を申入れ、控訴人は同月三日の団体交渉において従組から再検討したい旨の要請をいれて右赴任期限を同月一〇日まで延期することを承諾し、従組に対し同日までに赴任しない場合には被控訴人を業務命令違反行為を理由として解雇するにについて、協約五二条に基づいて、同意を得たい旨、行員解雇に関する同意要請申入をしたが、追伸として、期間内に赴任した場合でもその処分についてはあらためて通知する旨(始末書程度の処分であるとの説明はなかつた。)通告した。従組側は右交渉の際、被控訴人個人の責任を追及するのは問題であると抗議したが、控訴人は従組の同意がなくとも解雇に踏み切る意向を伝え、新しい判例を作ると言明した。従組は同月四日開催の中央執行委員会において、また同月一〇日開催の従組支援六者共闘会議においても、被控訴人の転勤命令は不当であり、解雇に関する同意要請申入に応じられない旨決議し、同日控訴人に対し鹿島支店に増員しなければならない理由はなく、従組の二本松分会の活動家である被控訴人を異動の対象とするのは不当労働行為であり、赴任しても処分するという控訴人の態度は威嚇行為であり厳重に抗議するとして、被控訴人の解雇については同意できない旨回答し、右会議の成り行きいかんによつては赴任することもありうるものとして、鹿島支店に待機させていた被控訴人にその旨連絡したので、被控訴人は赴任するに至らなかつた。そこで控訴人は翌一一日業務命令違反行為を理由として被控訴人を懲戒解雇し、その旨口頭で告知したが、解雇辞令、解雇通知書は交付されなかつた。控訴人は同月一七日付福島民報、民友新聞朝、夕刊に解雇公告を出した。<証拠判断省略>

以上認定の事実によると、本件一次解雇、さらにその前提となつた転勤命令が客観的にみて正当であり、直ちに解雇する以外に経営維持の方法がないという程事態が切迫していたとは到底認めがたいばかりでなく、控訴人が従組に対し十分納得させるだけの手段、方法を尽し、隔意のない意見を交換して誠実に協議をしたものということはできず、むしろ被控訴人の異動及び解雇を絶対的に正当なものとして無条件同意を要求する態度に終始したものとみるのが相当であるから、従組の同意拒否は正当というべく、控訴人は協約違反の責を免れるものではない。

四控訴人は金銭上の不正行為があつた場合には協約の条項いかんにかかわらず、直ちに無条件で解雇できる慣例があつた旨主張するが、控訴人は一次解雇当時被控訴人の業務命令違反行為を解雇の理由としていたにすぎず、金銭上の不法行為をその理由としていなかつたこと前認定のとおりであるばかりでなく、右のような慣例があつた点については、これを認めるに足りる的確な証拠はないから、右金銭上の不正行為の存否について判断するまでもなく右主張は採用できない。

五次に二次解雇の効力について判断するに、協約が昭和四二年九月七日失効したこと、控訴人が昭和四三年二月二九日その主張の内容の二次解雇の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで労働協約が失効して新協約がいまだ締結されない場合に、それまで協約の規範的効力によつて規制されていた労働契約の内容、すなわち労働条件は何によつて定められるか、自由にこれを変更修正できるものか、あるいは何らかの制限に服すべきものかといういわゆる労働協約の余後効の問題については、見解の分れるところであるが、労働協約が失効しても、その有効期間中に締結された労働契約は、継続的法律関係としての性質上、その後とくにこれを変更する行為が行なわれない限り、右協約における労働条件その他待遇に関する基準を内容としたまま存続し、その内容が空白となるものではなく、したがつて労働協約に解雇同意約款が定められている場合には、協約失効後も、労働組合の同意なしには解雇されないという従前からの労働契約上の地位は保障されるべきであると解するのが相当である。

本件についてみるに、解雇同意約款が労働協約の規範的部分に属することは前判示のとおりであるところ、控訴人の本件二次解雇の意思表示は、協約の有効期間中に締結された労働契約により被控訴人が保障されている従組の同意なしには解雇されないという地位を踏みにじり、被控訴人に対し何ら弁明の機会を与えずしかも従組に対して何らの協議もせず諒解を得ることもなしに一方的、抜打的になされたものであるから、労働契約に違反し無効といわなければならない。控訴人としては一次解雇の効力が争われており、原審において一応その無効が判断されている段階なのであるから、懲罰委員会の議に付することはできないとしても、少くとも従組の諒解を得るか従組との交渉の段階で協議して真摯な態度で臨むのが当然であり、予備的であるとはいえ、解雇という重大な利害関係のある事項を通一遍の内容証明郵便に託して処理したのは、何としても行き過ぎであり、軽率姑息のそしりを免れるものではない。

六以上の次第で本件一次解雇及び二次解雇は、被控訴人主張の爾余の点について判断するまでもなく、いずれも無効であるから、被控訴人は控訴人の従業員としてなおその地位を有するものというべく、その確認を求める被控訴人の請求は理由がある。

七そこで進んで被控訴人の賃金等の請求(当審における請求の拡張部分を含む。)について考察する。

1  本人給、加給金(職能給)、食事手当、一時金(賞与金)について

(一)  被控訴人が一次解雇の意思表示を受けた当時、控訴人から毎月二〇日支払の約で賃金として月額本人給金二万二、二〇〇円、食事手当金一、〇〇〇円、合計金二万三、二〇〇円の支給を受けていたこと、その後控訴人と被控訴人の所属する従組との間に被控訴人主張(原判決事実摘示請求原因三項及び当審における請求の追加的変更原因ア、エ、オ)のような内容の本人給、加給金(職能給)の賃金引上げ及び一時金の支給についての協定が成立し、食事手当の増額についての給与規程の改正がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  本件一次解雇及び二次解雇がいずれもその効力を有しないことは前認定のとおりであるから、被控訴人は特段の事情のない限り控訴人に対し、他の一般従業員と同一の基準に従い、同一年齢、同一経歴の者と同額の本人給、加給金(職能給)、食事手当、一時金(賞与金、成果配分、決算手当を含む。以下同じ。)の支払を請求する権利を失わないものというべきである。ただ右のうち従業員の勤務成績いかんにより増額又は支給すべき金額に差異を設けているもの(この点は被控訴人の自認するところである。)、すなわち(1)昭和四二年四月一日増額の本人給(ア(ア))、(2)昭和四四年四月増額の加給金(ア(ウ))、(3)昭和四一年一二月及び昭和四二年六月支給の一時金に関しては、その評価が困難ではあるが、弁論の全趣旨によると、控訴人の全従業員の殆んどがその最高額を受けた(右(1)、(3)について最高額の支給を受け得なかつたものが全従業員の五パーセントであることは当事者間に争いがない。)ことが認められ、被控訴人の勤務成績を評価できないのは控訴人の責に帰すべき解雇処分によるものであるから、控訴人において特段の事情を主張、立証しない以上、被控訴人に対しても右最高額の基準に従つて支給する義務があるものというべきである。

(三)  <証拠>によると、被控訴人は控訴人に対し昭和四一年八月分から昭和四六年一一月分まで、別紙賃金未払分計算表記載のとおり、本人給、加給金(職能給)、食事手当、一時金(賞与金)の支払請求権を有することを認めることができる。

2  家族手当について

<証拠>によると、控訴会社における家族手当の請求については、戸籍謄本を添付して控訴会社所定の正規の申請書に記入し、支店長を経由して本店人事部に提出し承認を得る手続がとられなければならない取扱になつていたこと、被控訴人は昭和四三年六月二六日長男哲郎(第一子)、昭和四六年三月七日長女道代(第二子)がそれぞれ出生したことをその都度控訴会社に申出たが、家族手当請求についての正規の手続はとられていなかつたことを認めることができる。しかしながら、もともと家族手当は婚姻、子の出生等の事実の発生によつてその請求権を取得するものであつて使用者の裁量によつて拒否できる筋合のものではなく、書面による請求は事務処理の明確を期するためのものとみるのが相当であり、本件において被控訴人が正規の手続がとれなかつたのは、控訴人の責に帰すべき解雇処分により訴訟が係属中であつたことによるものであるから、被控訴人の家族手当請求がこれによつて否定される理由はなく、被控訴人は控訴人に対し、前記計算表記載のとおり家族手当の支払請求権を有するものというべきである。

3  住宅手当について

控訴人がその給与規程に基づき、従業員が借家をした場合、申請によりその家賃の三分の二相当額を住宅手当として支給することになつていたこと、昭和四四年一〇月九日控訴人から従組に対する申入れにより住宅手当を同月から家賃の八〇パーント相当額を支給することに改訂されたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被控訴人が昭和四二年五月末頃訴外菅野義夫から肩書住所地所在の家屋を住居として家賃月金三、五〇〇円で賃借したことが認められ、また、本訴において昭和四二年一一月三〇日控訴人に到達の同年一二月一日付請求の趣旨変更の申立をもつて住宅手当金の支払を求めたことが記録上明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、前記計算表記載のとおり、同月以降右家賃金の三分の二相当額以内である金二、三〇〇円、昭和四四年一〇月以降右家賃金の八〇パーセント相当額である金二、八〇〇円の住宅手当請求権を取得したものというべきである。

4  支払期未到来の賃金等について

被控訴人が昭和四六年一二月以降の賃金等についてみるに、被控訴人が主として控訴人から支給される賃金によつてその生計を維持してきたことは、<証拠>により認めることができ、事案の性質上、支払期の到来したときに支払をなすことを予め請求するにつき利益を有することは当然であり、前掲各証拠によると、同月以降前記計算書記載のとおり、金六万五、三五〇円の支払を受くべきものであることが認められる。

5  仮処分による支給額について

被控訴人主張の仮処分決定により、控訴人が被控訴人に対し毎月金二万四、七〇〇円を支払つていることは当事者間に争いがなく、被控訴人が昭和四一年八月から昭和四五年一二月分まで(五三か月)に被控訴人から仮処分により支給を受けた金員、合計金一三〇万九、一〇〇円については、本訴において請求していなかつたことが記録に徴し明らかである。ところで仮処分による支給はあくまでも仮の支払であるから、(これについて後日清算の問題は生ずる。)これを追加して請求できるのは当然である。

6  以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、(A)昭和四一年八月から昭和四二年一一月までの本人給、食事手当、一時金、合計金六一万四、四九〇円から仮処分による支給分金三九万五、二〇〇円を差引いた金二一万九、二九〇円、(B)同年一二月から昭和四五年一二月までの本人給、加給金、家族手当、食事手当、住宅手当、一時金、合計金二四八万六、六三五円から仮処分による支給分金九一万三、九〇〇円を差引いた金一五七万二、七三五円、(C)昭和四六年六月支給の一時金、同年一月から三月までの食事手当の差額金、第二子出生による同年三月分の家族手当、合計金一八万六、七六〇円、(D)同年一月から一一月までの本人給、加給金、住宅手当、食事手当((C)の食事手当の差額金を除く。)、家族手当((C)の家族手当を除く。)、合計金六八万一、〇五〇円、(E)仮処分による支給分として差引いた金員の合計金一三〇万九、一〇〇円、以上合計金三九六万八、九三五円及び(A)の金員に対する前記請求の趣旨変更の申立送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一二月一日から、(B)の金員に対する昭和四六年一月四日付訴の変更の申立送達の翌日であること記録上明らかな同月九日から、(C)の金員に対する同年七月一三日付訴の変更の申立送達の翌日であること記録上明らかな同月一四日から、(D)、(E)の金員に対する同年一二月九日付準備書面送達の翌日であること記録上明らかな同月一〇日から、それぞれその支払ずみに至るまで商事法定利率年六分(控訴人は株式会社であることが当事者間に争いがないから、商法上の商人であり、その行為は特に反証のない限り一般にその営業のためにするものと推定されるので、控訴人と被控訴人との間で締結された雇傭契約に基づく本件債務は、特に反証のない本件においては、商行為により生じたものと認められる。)の割合による遅延損害金を支払い、(F)同月から雇傭契約終了に至るまで毎月二〇日限り毎月金六万五、三五〇円宛を支払う義務があるものというべきである。

八よつて被控訴人の本訴請求を正当として認容した(一部棄却した昭和四二年六月から同年一一月までの住宅手当の支払を求める部分は、被控訴人において、これを取下げた。)原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、被控訴人の附帯控訴(請求の拡張)及び請求の減縮により原判決主文第二、三項を変更することとし、民訴法九六条、八九条、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(田坂友男 佐々木泉 小林隆夫)

確約書、賃金未払分計算書<省略>

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